2008年05月26日

映画コラム

 九州・山口版だけだと思うが、読売新聞に「廣瀬千尋の眼」という映画コラムが連載されている。
 それの5月25日(日)付、『山のあなた 徳市の恋』を取り上げた回より。

清水宏監督の『按摩と女』(1938年)のリメイクなのだが、ただのリメイクではない。いわば完全復刻版なのだ。
 他人の作品をリメイクする場合、オリジナル版の設定、ストーリー、人物、描写をどこまで生かすかによってオリジナルと印象の異なるものとなる。(中略)とりわけつくり手は、再映画化する以上は前作を超えようとするから、感じの異なるものになるのが普通。
(中略)
『椿三十郎』(62年)のリメイク版(2007年)が、オリジナル脚本をそのまま使ったのはむしろ珍しい例として話題になる。
 ところが今回の『山のあなた・・・・・・』の場合は、そのうえをいってオリジナル版の各場面をそのまま再現することに努めたという。脚本は失われていたが作品そのものは残っていたので、そんなことが可能となった。こんなリメイクは初耳だ。絵画の模写、あるいは下書きをなぞる写経を思わせる仕事である。その意味でこれは珍品といっていい。

「初耳」って、ガス・ヴァン・サントの『サイコ』があったじゃん。
 読売(九州・山口版)のこの面では、もう終わったが安部文範という方の「文さんの映画をみた日」というコラムも以前に連載されていて、そっちはなかなか読み応えがあったのだが、残った「廣瀬千尋の眼」のほうは同じ映画コラムでもふにゃんふにゃんである。
 似たような実験をやっている(映画ファンにとっては有名な)前例があるんだから、何ごとかを語るのであれば、両者を比較して意図の違いなり何なりに言及するぐらいのことは最低限やらないといけない。そうでないなら最初から何も語らないほうがよい。前例を知らないというのだったら、知らないことは語るべきでないと知るべきで、ろくに調べもせずに「初耳」などと作文上の行きがかりで書いてしまうのは、少なくとも評としてはアウトである。
 たかが新聞ごとき、パンフレットを引き写しただけの薄っぺらな紹介記事として流し読んどけってことなのかもしれないが(実際、内容はそれ以外の何ものでもないのだが)、「眼」などと視力自慢げなタイトルを冠している以上、最低限の目配りぐらいは期待してしまうではないか。

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2008年05月24日

メモ

読売新聞5月21日(水)より
新作『最高の人生の見つけ方』のプロモーションで来日したジャック・ニコルソン。

ここ数年、コミカルで愛すべき作品への出演が目立つが、そのきっかけは2001年の「9・11」テロだった。
「テロが起きたとき、思ったよ。多くの映画人がこのことに関連して映画を作り、10年後に赤面するだろうってね。私は、自分がよく理解していないことに対して深刻に語るのは好きじゃない。だから道化の道を選んだんだ」
 そう考えるのは、ベトナム戦争の時代を生きた経験からでもある。
「あの後、戦争についての映画がたくさん作られた。自分が監督した『ドライブ、ヒー・セッド』という作品も含めてね。でも、振り返りたくない。どんなに自分がバカだったか気づかされるから」


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2008年05月16日

最近の日曜洋画劇場

『さくらん』
覚悟はしていながら、みながら思わず「ひどいなこれ」と口に出して苦笑いしてしまう、そんな映画でした。どうせこうやりたいんだろうと先読みした通りの「映像」が次から次へあらわれるだけ。
まあ予想通りだったから特に失望もしませんでしたが。

『沈黙の追撃』
これは予想と違ってなんだか変な映画だった。まるでグリッケンハウス(『エクスタミネーター』『マクベイン』)みたいな、妙にすかっとしない戦闘チームもの。なんでこんな場面展開なのか、なんでこんな場面描写をしているのか、読めない。
よくあるサブリミナルをまねたような今風のダサい映像編集はおいといて、敵味方の誰彼もが予定通りにいかなくてドタバタしてる泥沼活劇な感じはけっこう嫌いじゃない。ただセガールには馴染まんぞ。

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